男性同士の恋愛は美しい!?

ヒ・ミ・ツの趣味…
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2次元恋愛続行中!
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現実と空想とのギャップ

現実としての同性愛に対して

さて、ここまで男性同士の恋愛について話してきたがでは先ほど述べた腐女子達にしてもなんにしても、彼女たちが『現実にある男性同士の恋愛』についても寛容に受け入れているのかということを考えたとき、これは大半の意見として受け入れられないと答える人は多いのではないだろうか。作品の中ではそうまでして熱を上げているほど好きなんだから、現実でもそうした同性愛者達の姿を見ても言いという風に勘違いしている人が多いのかもしれない、これはまさしく勘違いしていると述べて良いだろう。どうしてそのような際が生まれるのかということになるが、それは二次元、つまりは空想上で語っているからこその魅力だからこそなく、拒否感なくそのままフィクションとして受け入れられるという意見が圧倒的に答える人が多いかもしれない。

二次元だからこそ受け入れられる

どうして二次元だけの世界でなら同性愛を受け入れられるという風に書くのかというと、実際にBL好きだから同性愛者のことも好きなんだろう、もしくは自分もそういった趣味の人間なんだろうという、現実と空想を完全にごちゃ混ぜにして考えている人がいるからだ。それを言ったら男性にしても女性同士の恋愛である百合作品を愛読している人がいても、現実の女性同士の恋愛模様を見て興奮するかどうかという話になれば別ものだ。明確な違いというものがないだけにはっきりとしたことを語ることは出来ないものの、一ついえることは同性同士の恋愛作品が好きだからといっても、リアルの同性愛者たちに対してそのまま受け入れているということには繋がらないのだ。これは『現実には中々ないこと』という、前置きがあってそのことを受け入れることが出来て、かつ作品としても楽しむことができるというのが実際のところだ。

もう、2次元でしか恋せないっ

抵抗感を覚えるところ

ではどのようなところが一番抵抗感溢れるところなのか、ということになるがそれはやはり性的な方面になる。生殖行動として自分達もそういった経験をすることになるが、いざ男性同士の、もしくは女性同士の、また自分が女性とそういった行為に及ぶということを目撃、もしくは実行することになれば大半が拒否反応を占めす。もちろん生理的に受け入れられないということもあるが、その大半が二次元という特殊な空間で、おまけに登場人物達の姿が美少年を大半が占めているということを考えたら、現実の男性を見てもその姿に全く興味を示さない、また見たくもないという嫌悪感むき出しにしている人もいる。私もフィクションだからこそ認識しているということを考えているからこそ受け入れている面もあり、もし自分がそういった同性行為になると考えたら寒気が走る。

現実での性行動はリアルさを醸し出しているのも拒否感が出る一因ではないだろうか。二次元世界においてその性描写に関してもどこか現実離れしているところがあり、それは芸術作品として成り立っているということを考えれば納得が良くかもしれない。芸術という縛りは大げさかもしれないが、元を辿っても同性愛同志の作風は芸術家にとっては作品にしやすい分野だろう。実在した著名な芸術家が同性愛思考を持っているなんてことも聞くくらいですから、ありふれたことと考えてもおかしくはない。

ギャップを埋める必要があるかどうか

さて、そんな同性愛に対しての認識の差は今に始まった問題ではないが、理解をする必要はあるだろうと私は考えている。二次元であろうと同性愛という作品に対して肯定的に受け入れており、なおかつ愛好家として腐女子として自身を認識している場合は特に必要かもしれない。ギャップをどうしても埋める必要があるというわけではないが、そういった作品を愛しているからこそ、同性愛者が現実で苦しんでいる問題に対して便乗するように批判するような立場に立ってはまずいということを私は言いたい。二次元だからこそ良いというが、二次元であろうとも同性愛に対して抵抗を覚えなくなったという時点で同性愛については差別的な見方は止めなくてはならない。

もちろん今までどおり行為を見ることは控えるのは良いかもしれないが、幅広い認識として受け入れるという点に関しては享受しなければならない問題だと私は考えている。こう語るのも、やはり中には二次元では好きだけど現実の同性愛者たちには吐き気を覚えるといって批判するのでは自分の行動が矛盾していることに気付いてもらいたい。そのことに気付かないまま、もしくは理解していながらも中傷行為を繰り返しているようでは、文化そのものに対してネガティブなイメージを増やすことになってしまう。人と人が全て手を取り合って生きていくことは難しいかもしれないが、認め合うことは出来るかもしれない。もちろん相互努力という折り合いを付ける必要があるものの、やはり今後もそういった点においては課題が残る問題かもしれない。

無理に取り繕ってあわせろとまでは言わないが、やはり一つの人権として認めなくてはいけないという点では、社会で生きていく中において一番重要なことになっていくだろう。

腐女子マンセー!!!