男性同士の恋愛は美しい!?

ヒ・ミ・ツの趣味…
2次元恋愛続行中!
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『やおい』という言葉

やおい、とは

間の楔を始めとするBL本を好んでいる人々のことを呼称している呼び方については。既に一般的にも使われている『やおい』という言葉がある。意味は知らなくても言葉自体の存在は知っている人がいるでしょう。知らなくても十分に生きていけますが、雑学として身につけておく分には困ることはないので少し話していこう。

個人的な意見を述べると、やおいという言葉を聞くと真っ先に男性同士の恋愛を描いた作品について思い浮かぶ、というのが第一印象だ。もちろんやおいと聞いて他のイメージが浮かぶ人がいてもおかしくないですが、個人的にはどうしても真っ先に男性同士という固定観念が根付いている。ただ現在やおいという言葉はとても広い意味での言葉の意味となっていることが多く、中で区分されている作品の種類に関わらずやおい作品ということになっているのが現在の一般的な使われ方として考えられている。ここでも個人的にどんな作風がやおいになるのかというイメージが持っていて、内容的に美青年たちが背徳と分かっていながらも同性に引かれていくストーリー、というのが個人的にやおい作品なのでは、と考えている。

やおいの語源

語源についてだが、これは作品のほとんどで繰り広げられている同性同士の性描写で構成されていることから、ストーリー構成に最も必要な『山場』・『オチ』・『意味』の三つを繋いで作られた言葉だろうといわれています。まぁ確かにやおい作品で性描写がないものとあったものでは売り上げは倍以上の差が出る作品もあるので、どうしても性描写が盛り込まれている作品の方が多く好まれているのが現状だ。

ただ元々言葉の使われとしてはジャンルに関係なく、山もオチも意味もない低俗な漫画作品のことを総称している用語として扱われていた。いつしか前述のような言葉の使われ方に変化するようになったが、現在ではほとんど男性同士恋愛を描いている作品全般のことを指しているのが一般的となっている。

やおいの使い方

さて、やおいという言葉の使われ方だがかなり厳密に使わないとそういった人たちからすればにわかだと見られてしまうこともある。使い方としては、これは本当に男性同士の恋愛をピックアップしている作品のことを指しており、それは一般向けであっても成年向けであっても通用することになっている。この時、いかに女性向けの作品であったとしても男性同士の恋愛は描いておらず、一般的な男女の恋愛模様を表現している作品に関してはやおいという言葉は適用しないことになっている。これは確かに納得のできる見解だろうと思う。男女間の作品で確かに本来の意味で山もなければオチも意味もないという事になればやおいという使い方も出来るが、今ではほとんどその意味で言葉を使用する機会がないために不用意にこの言葉を使ってしまうと反感を買うことになってしまっている。そのため、男女間の作品について総称する場合には『ノーマル』、つまりは一般的に見せても何ら問題ない作品はこの言葉が適していることになる。使い方によってまるで意味が異なってしまうので、現状のことを考えたら本来の使い方よりも、後に考えられた造語を使用することが無難であろう、ということになる。郷に入るなら郷に従えとはいうが、この場合にはまさにその言葉通りかもしれない。

もう、2次元でしか恋せないっ

発祥時期

言葉の発祥時期というものは、やはりJUNEがその全ての発端になっている。この時から男性同士の恋愛を描いた作品が増えていく中で徐々に作品を総称するための言葉として成り立っていくことになるのだった。しかし当初のメディアはほとんど同性恋愛を描いた作品に関しては取り扱われることがなく、ほんの一部の雑誌でしか作品を取り上げられることがなかったために言葉が広く知られることはなかった。

ではどんなきっかけで言葉が知れ渡るようになったのかということになると、それは1984年に『キャプテン翼』の同人誌が大量に出回ったことがきっかけとなるのだった。なるほど、確かに当時からすれば熱血で男性キャラでほとんど構成されている漫画となればキャプテン翼は良い例だろう。おまけに当時からすればイケメンぞろいうということもあり、そんな魅力的なキャラたちが沢山出ているとなれば、創作の手が止まることを知らない人々が大量発生してもおかしくないだろう。きっかけはやはりパロディ作品として描かれた二次創作物がその影響を与えていたのですね。いつの時代にしても男性同士の恋愛偶像を愛してやまない人々の力によって広まっている様子は、感嘆に値する行為だろう。

危険思考とみなす風潮

今のようにネガティブなイメージしかないような男性同士の恋愛を描いた作品を愛している女性たちについて、疑問を投げかける声があった。1991年、作家・評論家の中島梓による『コミュニケーション不全症候群』という著書の中で、そういった趣味を持っている女性たちに対して偏見としか言いようのない観念を植え付けることになってしまうのだった。まるで社会的に考えている女性達の中では常軌を逸している存在、また男性優位的な社会において自分たちが女性であるという劣等感を隠すため、といったまるで根拠を持っていない解釈を与えたのだった。だが時間が経過していく中でそういったやおいを愛する人々、さらにやおいに対する考え方は肯定的になっていった。

単純に考えても経済的に見てもその影響力は想像をはるかに超えるほどに効果をもたらすものとなっている。実際にその市場に関しても年々増えていき、その需要率も増していっている。人によってBLにはまる理由は異なっているものの、単純に楽しめる作品として受け入れている人もいる中で、一方的な見方で異常をきたしている人のような見方をしては、人権を侵害しているとみなしているとしか取れない。全面的な信頼をすることを求めるわけではないが、理解するということは覚えなくてはいけないのかもしれない。<

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